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P‐LOG ホワイト編

#1
「ごきげんよう!」
背後からの突然の声に、少年からポケモンを奪おうとしていた男たちが振り返った。そこには2つのシルエットがあった。
「誰だ!?」
「ジョウトにきらめく心の黄金。豪華絢爛、ゴージャス・ビーナス!」
シルエットが反転する。金色のコスチュームを身にまとった少女と大柄な炎タイプのポケモンだ。
「しゃらくせえ、やっちまえ!!」
「キイイッ!」 「ガアアス!」
男たちは毒ポケモンを差し向ける。少女は軽やかにタクトを振り、パートナーのポケモンに指示を出した。
「フォーナ!ゴージャス・フレイム!!」
「バクゥ!!」
ポケモンは深く息を吸い、口から強烈な火炎を吐き出した!

アニメの少女とポケモンが画面狭しと動き回る。少女は床にクッションを敷いて座り、テレビに見入っていた。
「かっこいい……」
青い瞳がらんらんと輝く。緩く波打ったチョコレート色の髪は腰まである。白いタンクトップに青いデニムのショートパンツという格好だ。
『次回まで、ごきげんよう!』
「ごきげんよう!……協力戦隊デルパワーレンジャー、仮面トレーナーファイアナイト、豪華絢爛ゴージャス・ビーナス。日曜の朝といえば、これだよねー。さてと、朝ごはん朝ごはん!」
少女はテレビを消し、ドアを開け、いそいそと階段を下りていった。チャイムが鳴る。

「おはようございます、アララギ博士!」


開け放った窓から風が吹き込む。カーテンが揺れ、机の上に開かれた辞書のページがパラパラとめくれた。そこには、こう書かれていた。
――ポケモン【ポケモン】 物質のデータ化能力を持つ生物の総称。強靭な体を持ち、環境に応じて自己を変化させる。
また、めくれた。
――ひと【人】 直立二足歩行し、手で道具を使う生物。発達した脳を持ち、自己に合わせて環境を作り変える。

置時計の針が1時を指す。
「スズシロ」
時間きっかりに部屋のドアが開いた。縁なしの眼鏡が光る。黒髪を前下がりに揃え、白いTシャツの上にターコイズのジャケットを羽織り、黒いパンツをはき、黒いメッセンジャーバッグを背負っている。知的な雰囲気の少年だ。
「チェレン!」
「アララギ博士に聞いたけど、ポケモンをもらえるんだって?」
「フフン」
スズシロは得意げに、キャビネットの上のリボンがかかった青いプレゼントボックスを指差した。
「見て!今朝、博士が届けてくれたの。私とチェレンとベルの分。きっと、ヒーローみたいな、すっごくかっこよくて、すっごく強いポケモンが入ってるんだ……」
1人妄想をめぐらせ、目を輝かせるスズシロに、チェレンは冷めた顔でうなずいた。


「………………………………」

かれこれ1時間は経った。スズシロはベッドに寝転んで雑誌を読み、チェレンは床に座り込み、プレゼントボックスを睨みつけている。
「ベルはまた……?」
「来た」
チェレンの言葉をスズシロが遮る。ドアが開き、黄緑のベレー帽、ふんわりとしたショートボブの金髪が覗いた。白い半袖のブラウスにオレンジのベストを重ね、白いスカートにオレンジのタイツをはき、黄緑のショルダーバッグを提げている。おっとりとした少女だ。
「ベル!」
ベルは下を向いている。
「あのう、ごめんね。また遅くなっちゃった……」
「ねえ、ベル。君がマイペースなのは10年も前から知っているけど、今日はアララギ博士からポケモンがもらえるんだよ?」
「はーい。ごめんなさい、スズシロ、チェレン」
ベルは顔を上げ、にっこりと笑った。いつもの笑顔だ。
「それでよし!」
スズシロは起き上がった。
「で、ポケモン、どこなの?」
「そこ。問題は、誰がどれを取るかなんだけど……」
「スズシロの家に届いたんだし、選ぶのはスズシロからだよね」
「もちろん」
「ありがとう、ベル、チェレン!」

3人は並び立ち、神妙な面持ちでプレゼントボックスを見つめた。胸が高鳴る。この中に、自分たちの最初のパートナーとなるポケモンが入っている。ポケモンを育て戦わせる者、ポケモントレーナーとなるのだ。
「そのプレゼントボックスの中、ポケモンが僕たちを待っている。さあ、スズシロ。一歩踏み出して、プレゼントボックスを調べてよ。早くポケモンと会いたいんだ!」
「わかった……」
スズシロは前に出、添えられていたメッセージカードを取った。声に出して読む。
『……この手紙といっしょに3匹のポケモンを届けます。君と君の友達とで仲よく選んでね。それではよろしく!  アララギ』
「じゃあ、開けるよ」
チェレンとベルがうなずく。リボンを解き、ふたと紙を取る。そこには3個のモンスターボールがあった。テニスボールほどの大きさのプラスチック製の球体で、上半分が赤、下半分が白く、前面に丸いボタンがついている。
モンスターボールは、ポケモンのデータ化能力をコントロールすることによって、その捕獲・運搬に用いられる。「ポケモン」の正式名称である「ポケットモンスター」という言葉も、モンスターボールが開発され、ポケットに入れて持ち運べるようになって生まれたものだ。
貼りつけられたラベルには、ツタージャ、ポカブ、ミジュマルと書かれている。紙に写真が載っている。
ヒーローみたいな、すっごくかっこよくて、すっごく強いポケモン…………え?
スズシロの妄想は音を立てて崩れ去った。

草タイプのポケモン「ツタージャ」。すらりとしたトカゲのような姿で、鼻先はツンと尖り、尾の先端は葉になっている。背側は黄緑色、腹側はクリーム色で、まぶたとえりが黄色をしている。
ギロ目……
炎タイプのポケモン「ポカブ」。丸々としたブタのような姿で、長い耳はピンと立ち、カールした尾の先端には玉がついている。体はオレンジ色で、頭頂部と腰周りがこげ茶色、鼻筋が黄色をしている。
パンツ……
水タイプのポケモン「ミジュマル」。ずんぐりとしたラッコのような姿で、口をへの字に結び、腹には貝殻がついている。頭と手が白、胴体が水色、足と尾が紺色をしている。
ブツブツ……

ううん!だいたい、テレビだと最初に選べる3匹っていうのは、初めはかわいくて、進化してだんだんかっこよくなっていくっていうのが普通だから……これはそんなにかわいくもないか。うーん、この中なら緑のがましかな……
そのとき、どこからか声がした。

「俺にしろ」

「え?」

おこづかい 3000円  プレイ時間 0:03



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#2
「俺にしろ」
男の声だ。やけに渋い。スズシロはハッとし、辺りを見回した。当然だが、チェレンとベルの他には誰もいない。
「今、何か聞こえなかった?声とか……?」
2人はきょとんとするばかりだ。
気のせいか……
「聞いてるのか?」
「は、はい!」
声はプレゼントボックスの中からする。スズシロはまじまじと覗いた。
「さっさとボールを取れ」
左のツタージャのボールに手を伸ばす。
「違う!右、一番右だ」
スズシロは言われるがままにボールを取った。

「じゃ!あたし、このポケモン!チェレンはこの子ね!」
その瞬間、ベルが残った2個を取り、片方をチェレンに渡した。
あれ?
「どうして君が僕のポケモンを決めるのさ……?まあ、最初からツタージャが欲しかったけど」
ええーーっ!?


ベルはボックスを片づける。スズシロは茫然自失となっていた。
「みんな自分のポケモンを選んだよね……ということで、ねえねえ!ポケモン勝負しようよ!」
「……あのね、ベル。まだ弱いポケモンとはいえ、家の中でポケモン勝負は駄目だよ」
ベルは数歩歩いて振り返った。
「だいじょーぶだって。まだこの子たち、弱いんでしょ?戦わせて育ててあげないと。というわけで、スズシロ!」
「はい?」
両手をやり、帽子を直す。緩んでいた顔がきりりと引きしまった。
「ポケモン勝負、始めようよ!」
やる気だ。
ベルはモンスターボールのボタンを押し、軽く投げた。床にバウンドし、上下に開く。データの光があふれ、ポケモンの体を構成した。
「プワッ!」
ポカブだ。耳を震わせ、足で床をかいている。始まってしまったからには仕方がない。これが初めてのポケモン勝負だ。
「……よしっ!いけっ!」
スズシロもモンスターボールを投げる。現れたのはミジュマルだ。両手を広げた構えを取る。
「むんっ!」
「そうだ、こいつだったっけ……えーと、技は……」
「覚えている技は体当たりとしっぽを振るの2つだ。どっちを使う?」
ミジュマルはポカブから視線をそらさず、背中越しに言った。
ポケモンが人間の言葉をしゃべる?それもオッサン声!チェレンもベルも、なんで何も言わないの!?
「目の前の相手に集中しろ。今は勝負の最中だ」
「うん!体当たり!」
「わかった!」
ミジュマルは走り、体当たりでポカブをふっ飛ばした。ポカブは鉢植えを倒し、土を撒き散らした。
「きゃっ!!いったーい!!もう許さないんだから!!」
ベルは興奮気味だ。ポカブも体当たりし、ミジュマルはゴミ箱をひっくり返した。
2匹が部屋中を走り回る。ミジュマルの攻撃でポカブは壁に叩きつけられ、動きが鈍った。ポカブはしっぽを振り、相手の防御を下げる。
「今のは効いてるぜ。急所に当たった、って奴だ」
「体当たり!!」
ミジュマルはベッドに跳び乗ってジャンプし、体当たりをくらわせる。ポカブは立ち上がることができず、気を失った。
「ふん」
「やった……勝ったー!!」
ベルはあわててモンスターボールを拾い、ポカブに向けて開いた。体が光となり、中へと吸い込まれる。ベルはそれを両手で優しく包んだ。
「……どっちのポケモンも、すごくがんばったよね!!」
「うん!ポケモン勝負って楽しい!…………」
スズシロは、ふと辺りを見回した。床、壁、家具……部屋中に足跡がついている。ベッドはよれよれ、テレビは傾き、本棚は倒れている。

「なにこれーーっ!?」

「ふええ。スズシロ……あなた、すごいトレーナーになれるんじゃない?あたし、そんな気がする」
「………………………………ベル、周りを見れば?」
チェレンに指摘され、ベルはやっと周囲の惨状に気づいた。
「うわあ!な、なにこれ!?ポケモンってすごーい!!こんなに小さいのに!」
「そこ!?」
「あたし、ポケモンに出会えてよかった!……あっ、スズシロ、ごめんね」
「はいはい……」
「……まったくしょうがないな、君は。ほら!傷ついたポケモンの回復をしてあげるよ……」
チェレンはバッグからポケモン用の回復セットを取り出した。ベルがポカブをボールから出す。薄黄色の結晶を器具に乗せて砕くと光を発し、それを浴びたポカブは目を覚ました。スプレー式の傷薬を吹きかけると、元どおり元気になった。
「スズシロのポケモンも元気にしてあげないと」
ミジュマルも傷薬をかけてもらう。ベルがひらめいた。
「ねえねえ!チェレンもポケモン勝負してみたら?詳しいから、あたしのようにしっちゃかめっちゃかにすることなく、上手に戦えるでしょ!」
「もちろん……!」
その眼鏡がキラリと光る。
「ちょ、ちょっと!?」
「僕の知識があれば、これ以上部屋を汚すわけないし、何より君たちだけでポケモン勝負を楽しむのはフェアじゃないよね」
チェレンは距離を取る。スズシロは諦めをつけた。

「というわけで、相手してもらうよ。さあ、僕たちの初めてのポケモン勝負。僕が君の強さを引き出すからね、ツタージャ!」
チェレンは眼鏡を直すと、ボールを持った手を伸ばし、そのまま開いた。
「ピューイ!」
現れたツタージャは腕を組み、ミジュマルを見据える。チェレンの指示に、ツタージャは姿勢を低くし、素早い動きで体当たりを仕掛けた。ミジュマルも体当たりで返す。チェレンは感慨深げだ。
「やっとトレーナーになれた……ここから始まる!」
短い間合いで攻撃がぶつかり合う。互角の勝負かと思われたが、その差は次第に現れてきていた。
「わずかだが、奴のほうがダメージが大きいようだ。このまま押し切る!」
「体当たり!」
スズシロとミジュマル、2人の息が少しずつ合ってきた。
冷静に状況を見ていたチェレンが作戦を変える。ツタージャは鋭い眼差しで睨みつけ、ミジュマルの防御を下げた。そして体当たりを受ける。ツタージャは攻撃が低い。相手の防御を下げることでそれを補い、一気に勝負を決めようというのだ。
再びツタージャが睨みつけ、ミジュマルが迫る。ツタージャはこの攻撃を耐えれば勝ち、でなければ負ける。
「いっけーーっ!!」
「うおおおおおっ!!」
ミジュマルの体当たりをツタージャが受け止める。2匹の動きが止まった。3人はかたずを呑む。ミジュマルが体を抜くと、ツタージャはゆっくりと倒れた。
「判断が一手遅かったな」
「チェレンに勝っちゃった」
「……!これがポケモン勝負なんだ!」
チェレンはツタージャをボールに戻し、それをじっと見つめた。
「初めての勝負で思わぬ不覚を取ったけれど、この感動……ようやくトレーナーになれたんだ……じゃなくて、部屋のこと、君のママに謝らないといけないね」
「あっ、あたしもー!」
チェレンはバッグを背負って階段を下りていき、ベルも後を追った。
「はあ……」
スズシロはため息をつき、階段を下りた。


2人はスズシロの母に頭を下げている。一つ結びにしたチョコレート色の髪に青いカチューシャをし、白いカットソーを着、ライトブルーのロングスカートをはいている。
「騒がしくして、本当にすみませんでした」
「あ、あのう、お片づけ……」
母はにっこりと笑った。
「片づけ?いいのいいの!後であたしがやっておくから。それより、アララギ博士に会わなくていいの?」
「はい!では、失礼しますね。じゃあ、アララギ博士にお礼を言いに行かないと」
チェレンが階段のスズシロに気づいた。
「ポケモン研究所の前で待ってるよ」
「うん、準備したらすぐ行くから」
「あっ!あたし、一度家に戻るね。おばさん、どうもお邪魔しましたあ」
「じゃあ、後でねー!」
2人は出ていった。
「スズシロ。ポケモン勝負って、ものすごーく賑やかなのね!下までポケモンの鳴き声とか聞こえてきたわよ!」
「ごめんなさい、ママ……そうだ、辞書……!」
スズシロはあわてて階段を上る。母はつぶやいた。
「思い出しちゃうなー、初めてのポケモン勝負!」

机の上の辞書を確認する。白いページ、黒い表紙、幸いどこも傷みや汚れはないようだ。
「よかった……」
ミジュマルはその姿をじっと見つめていた。

おこづかい 4000円  プレイ時間 0:48



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#3
荒れ果てた自分の部屋で、スズシロは椅子に座り、鏡に向かい、髪をブラシでとかす。ミジュマルは壁にもたれている。スズシロは手を動かしつつ、ミジュマルに尋ねた。
「君、ずいぶん生意気な口をきくようだけど、年はいくつなの?私は13歳よ」
「年は忘れた。レベルは6だ。さっきの勝負で1上がった」
髪を高い位置でまとめ、バレッタで留める。
「ふーん。で、ポケモンなのに、なんで人間の言葉をしゃべれるの?」
ピンクのつばの白いボールキャップをかぶり、毛束を引き出し、流れを整える。
「何を言ってるんだ?ポケモンがしゃべるわけないだろ」
「それもそうか……って、じゃあ君はなんなの!?」
「ポケモンだ。じゃあな!」
ミジュマルは自分でボタンを押し、モンスターボールに入ってしまった。
「わけわかんない……」
立ち上がり、黒いベストを着、手首にピンクのラインが入った黒いリストバンドをはめる。ピンクのショルダーバッグに、着替え、日用品、お菓子、辞書を入れ、肩から斜めにかける。ポケモントレーナーであることを証明するトレーナーカードを入れ、最後にミジュマルのボールを入れた。

「よしっ!」

ピンクの紐の黒い編み上げブーツを履く。
「ママ、行ってくるね!」
「そうだ!勝負したポケモンを休ませてあげないと!」
母は棚から家庭用の回復器を出してきた。結構な年代物だ。コンセントをつなぎ、モンスターボールを乗せてふたを閉め、スイッチを入れてじっと待つ。3分ほどで回復が完了した。
「ポケモン元気になったわね!あと、出かけるなら、ライブキャスターを忘れないでね」
「うん!」
顔を見ながら話すことができる、腕時計型のカメラ付きトランシーバーだ。左手にはめる。
「あなたも博士にお礼を言うんでしょ!?じゃ、行ってらっしゃい!」
「行ってきまーす!」
スズシロは玄関のドアを開けた。

『ここはカノコタウン 様々な点が集う街』
大陸の東岸、イッシュ地方。カノコタウンは東の半島の南端に位置する小さな街だ。南を海に面し、三方を森に囲まれている。
「科学の力ってすげー!今なら赤外線であんなことやこんなことが、あっ!という間にできるってよ!」
潮風が吹き、波が打ち寄せる。太った男は海に向かって叫んだ。

地面をつついていた灰色の鳥ポケモンたちが、バサバサと羽音を立てて飛び去る。マメパトだ。その向こうにはベルの後ろ姿があった。
先に行ってると思ったのに、どうしたんだろ?
声をかける間もなく、ベルは歩いていってしまった。スズシロは後をついていった。


『ベルの家』
ベルは中に入っていった。少し置き、ノックしてドアを開ける。
「こんにち……」
「駄目駄目駄目ーっ!!」
怒鳴り声が響き渡り、スズシロは身をすくませた。父を前に、ベルはうつむいている。
「あたしだって……ポケモンをもらった立派なトレーナーなんだもん!冒険だってできるんだから!」
ベルは早足でドアに向かう。スズシロに気づき、帽子で顔を隠した。
「あっ」
「ベル……」
「……大丈夫だよ……大丈夫!あたし、研究所の前で待ってるからね」
ベルは出ていった。ベルの父は力なくソファーに座り込んだ。
「なんってこったい!?うちの娘がポケモンと旅に出るだなんて……あんなに世間知らずなのに!?」
「もう。パパったら、娘のこと心配しすぎよね。子供は誰だって、ポケモンといっしょに旅をして大人になるんですから」
ベルの母が目配せし、スズシロはぺこりと頭を下げた。静かにドアを閉め、研究所に向かう。

『アララギポケモン研究所』
街の北にある赤茶色の屋根の建物だ。前でチェレンとベルが待っている。
「……さっきのは秘密だよ」
「わかってる」
「さ!博士に会おう」


ドアを開ける。研究室は広くなく、コンピューター、機器類、書棚等がコンパクトにまとめられている。
「こんにちは!!」
「ハーイ!待ってたわよ、ヤングガールにヤングボーイ!」
白衣の女が迎える。暗めの金髪をトップでまとめ、赤いイヤリングをつけている。白衣の下には、白いカットソー、モスグリーンのタイトスカートが覗く。
「あらためて自己紹介するね。私の名前は……」
「……アララギ博士?名前は知っていますよ」
「もう!チェレンったら、ちょっとクールじゃない?今日は記念となる日でしょ。かしこまったほうがいいじゃない」
咳払いをする。
「では、あらためて……私の名前はアララギ!ポケモンという種族が、いつ生まれたか調べています」
博士に言われ、3人はポケモンを出す。博士はそれを1匹1匹見た。
「あっ、すごーい!もうポケモン勝負をしたのね。それでかな、ポケモンたちも君たちを信頼し始めた……そんな感じ!ところで、ポケモンにニックネームをつける?」
「はいはい!私、つけまーす!」

スズシロはバッグから辞書を出し、慣れた手つきでページをめくった。
「ヒーローにとって一番大切なのは」
――ゆうき【勇気】 困難や危険を恐れず、立ち向かう心。
「英語では『bravery』(ブレイヴァリィ)……7文字。つけられるのは5文字までだからダメか……『brave』(ブレイヴ)、意味は『勇気ある』。形容詞だけど、これなら4文字だ……『ヴ』って、なんか言いづらいなー。ウに点々……フに点々にして『ブレイブ』!」
辞書をぽんと閉じる。スズシロはかがんで右手を出し、ミジュマルも返した。
「よろしく、ブレイブ!」
「頼むぜ、スズシロ!」

「なるほどなるほど。ニックネームはブレイブでオーケー?」
「はい!」
「ブレイブというんだ。すっごくいい名前よね!」
ポケモンをボールに戻す。
「さて、君たちにポケモンをあげた理由だけど……」
「ポケモン図鑑ですよね」
「ポケモン図鑑……?」
チェレンは即答した。ベルはよくわかっていない。
「すごいすごい!さすがチェレン!ポケモンのことをよく勉強しているわね。ということで!あらためて説明させてもらうわね!」
博士は机の上の機械を取り、3人に見せた。大きさは手のひらほどで、かっちりとした縦長の長方形をしている。スライドさせると下側からディスプレイが現れ、上側のディスプレイと合わさって1枚になった。
「ポケモン図鑑とは……!君たちが出会ったポケモンを自動的に記録していく、ハイテクな道具なの!だからね、スズシロたちはいろんなところに出かけ、このイッシュ地方すべてのポケモンに出会ってほしいのっ!では、お聞きします。スズシロ!チェレン!ベル!ポケモン図鑑を完成させるため、冒険の旅に出かけるよね!」
「はいっ!」
「はあーい。じゃなくて、はい!」
「ありがとうございます。おかげで念願のポケモントレーナーになれました」
「ありがとっ、みんな!最高の返事よね!」
スズシロとベルはピンク、チェレンは赤をもらった。ディスプレイにはツタージャ・ポカブ・ミジュマルの3匹が表示され、自分のポケモンにはデータ取得済であることを示すモンスターボールのマークがついている。トレーナーとしての実感が湧いてくる。
「では、次のステップね。どのようにポケモンと出会うのかを教えるから、1番道路に来てね!」
博士はバッグを持ち、先に出ていった。

突然、ベルが言った。
「あっ、あたしたち、博士に頼まれたから、旅してもいいんだよね?自分のやりたいことを探してもいいんだよね?」
「もちろん!私たちは自由なんだから」
「ああ。図鑑を完成させながらなら、好きなように旅すればいい」
ベルは笑顔でうなずいた。
「……ようやくポケモントレーナーになれたんだ。他のトレーナーと戦って強くなるよ、僕は」
「なんだかドキドキしてきた。ねえ、スズシロはブレイブと何するの?」

「私?私は……ヒーローになる!」

ポケモン図鑑 見つけた数 3匹/捕まえた数 1匹  おこづかい 4000円  プレイ時間 1:44



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#4
「じゃあ、行こっ!」
スズシロは研究所を出ようとドアを開けた。
「ママ!」
「ねえねえ!スズシロ、待ってよお!」
ドアの先に母がおり、立ち止まったスズシロにベルがぶつかった。
「いたいた!で、博士の話はどうだった?」


ポケモン図鑑の完成をお願いされたんだ!?すごーい!!」
「フフン!」
「なーんてね。実はママ、その話はすでに知っているんだけどね」
「えー」
「というわけで、あなたたち、このタウンマップを持っていきなさいな」
「ありがとう、ママ!」
水色のケースの電子地図だ。
「はい、チェレン」
「大切に使います」
「ほら、ベルも」
「あ、ありがとうございます!」
「あと、スズシロの部屋はあたしが片づけておくから、ベルたちは気にしなくていいのよ。ねっ、スズシロ」
「うん!」
「それにしても、ポケモンって本当にすごいのね!こんなにかわいいのに、部屋を吹き飛ばすほどのとんでもないパワーを秘めているんだもの!そんなポケモンといっしょなら、どこに行くのだって安心よね!あなたたちのパパやママには、あたしから伝えておくから!」
スズシロは母の瞳がうるんでいることに気づいた。
「ポケモンだけじゃなくて、イッシュ地方の素敵なところ、いっぱいいっぱい見つけて、素敵な大人になるのよ!じゃ、行ってらっしゃい!!」
「うん!行ってきまーす!!」
母は帰っていた。後ろ姿がだんだん小さくなっていく。

「タウンマップを使えば、自分がどこにいるかわかる……これは嬉しいね。じゃ、1番道路に行こうか。博士が待ってる」
「あっ、待ってよお。スズシロも早く来てね」
「うん……」

母の姿が見えなくなった。スズシロはきびすを返し、北へと向かった。

街外れの道路標識の手前にチェレンとベルがいる。
「スズシロ、こっちだよ!」
「どうしたの?」
「ベルがね、旅を始めるなら、最初の1歩はみんないっしょがいいって」
「ねえ、スズシロ!みんなでいっしょに1番道路に踏み出そうよ!」
「いいね、それ!よーし!」
3人は横一列に並んだ。
「右足からね!」
「じゃ、行くよ!」
「せーの!!」
同時に足を踏み出し、数歩進む。3人は1番道路に入った。
「ああ!なんだろう、ドキドキわくわくしちゃうね」
「うん!始まったって感じ!」
「そうだね。さ、博士が待ってる」


アララギ博士は草むらの前で待っていた。
「アララギ博士、お待たせしました」
「それでは、説明を始めますね!ポケモンと出会うことで、ポケモン図鑑のページが自動的に埋まっていきます!そして!ポケモンを捕まえることで、さらに詳しい情報が得られるようになっているの!ということで、私が実際にポケモンを捕まえてみせまーす!」
「はい!」
博士は草むらに入り、3人は外から見守る。ガサガサと音がし、茶色いポケモンが顔を出した。
「キャックゥ!」
「ミネズミだ!」
ネズミのような姿で、目つきは鋭く、辺りを警戒するように前足をかざし、尾をぴんと立てている。
「ゆけっ!チラーミィ!」
「キュワー!」
博士はモンスターボールを投げ、チラーミィを出した。チンチラのような姿で、耳が大きく、尾が長い。銀色の体毛は密で柔らかい。チラーミィは尾ではたき、ミネズミは睨みつける。
「体力を減らしてからモンスターボールを使うの!」
バッグから未使用のモンスターボールを出し、ボタンを押し、ミネズミめがけ投げる。命中し、ボールが開く。ミネズミの体は光となり、中へと吸い込まれた。ボールが閉じ、数度揺れると、カチッという音がしてロックがかかった。捕獲成功だ。博士はそれを拾い、戻ってきた。
「今の、見てくれた?」
「はい!」
「ポイントを解説すると、まずポケモンの体力を減らすこと!元気なポケモンは捕まえにくいのよね。できれば、自分のポケモンの技で捕まえたいポケモンを眠らせたり、麻痺させるといいわ!それでは、君たちにモンスターボールもプレゼント!」
「ありがとうございます!」
3人はモンスターボールを5個ずつもらった。
「そのモンスターボールは、ポケモンを捕まえたり、捕まえたポケモンを連れて運ぶための道具なの!では、私はこの先、カラクサタウンで待ってまーす!」
博士は北へ歩いていった。

「ちなみに、ポケモンが飛び出してくるのは草むらさ。じゃ、僕もカラクサタウンに向かうよ」
「次はなんなんだろ?楽しみだよね」
「そうだよね。それに、隣街まで行かないとモンスターボールも買えないし」
ベルが何かひらめいた。
「ちょっと待って!ねえねえ!スズシロ、チェレン。あたし、いいこと思いついたんだけど」
「さあ、行こうか。博士も待っているだろうし」
「ちゃんと聞いてよ。なんなのよお、もう!?」
「ベル、どんなことを思いついたの?」
「どれだけポケモンを捕まえたか、みんなで競争しようよ?アララギ博士からもらったポケモンも含めて、たくさんポケモンを連れている人が勝ちね!」
「おー!」
「なるほどね。そういうことなら面白いな。図鑑のページも埋まるから、博士も喜ぶだろうし。そうだね、それではカラクサタウンに着くまで、ポケモンの回復は自宅でよろしく」
「一番は私がもらった!」
「あたしとポカブのコンビが一番に決まってるもん!」
「じゃあ、後でね!」
3人は別れた。

林があり、川が流れている。スズシロは草むらでポケモンを探す。ミネズミを見つけた。ブレイブを出す。
「ブレイブ、体当たり!」
「おお!」
ブレイブは体当たりし、ミネズミも体当たりで反撃する。
「体当たり!」
「クゥ……」
体当たりが決まり、ミネズミは気を失った。
「倒しちゃった……」
ミネズミの体は光となり、どこかへ消えてしまった。体力の尽きたポケモンは、こうして本能的に身を隠すのだ。
「ちょっと!捕まえようと思ってたのに、なんでちょうどいいところで止めてくれないの!?」
「俺はお前の指示に従っただけだ。相手の体力、HPがどれだけ残っているかは、俺にも大体しかわからん。ポケモン図鑑を使うんだ」
「ポケモン図鑑……?」
ポケモン図鑑を出し、色々といじってみる。手持ちのポケモンのステータスのページがあった。データはモンスターボールを通じて自動的に取得される。
「ブレイブ、ミジュマル♂Lv.7。覚えている技は、体当たり・しっぽを振る・水鉄砲。君、水鉄砲が使えるんだ」
「さっき覚えた。図鑑は戦闘中に使えば、相手の種族名・性別・レベル・HPの割合がわかる。それでどうにかしろ」
「ありがとう……」


「キャンキャン!」
「ヨーテリーだ!」
小犬のような姿で、顔はベージュの長い毛で覆われている。体は茶色、背は黒い。スズシロはブレイブを出し、ヨーテリーにポケモン図鑑を向けた。裏側のセンサーがデータを読み取る。ディスプレイには、ヨーテリー♀Lv.4という文字とHPのバーが表示された。
「なるほど。試してみるか。ブレイブ、水鉄砲!」
「おおっ!」
ブレイブは口から水を噴き出し、ヨーテリーを吹き飛ばした。攻撃を受けたヨーテリーのHPが一気に半減し、バーが緑から黄に変わった。
「すごい……!」
ポケモンには「タイプ」と呼ばれる17の属性が存在する。ミジュマルは水タイプのポケモン、水鉄砲は水タイプの技だ。ポケモンと技、2つのタイプが一致すれば、その威力は1.5倍となる。水鉄砲の基本的な威力は40だが、この場合60となるのだ。
ヨーテリーは立ち上がり、ブレイブに体当たりする。ブレイブのHPがやや減った。スズシロはバッグからモンスターボールを取り出した。
もう一度攻撃したら倒してしまう。これで十分かどうかわからないけど、投げるしかない!
「とあああっ!!」
スズシロはボタンを押し、渾身の力でボールを投げ放つ。それは空気を切り裂く弾丸と化した。
「!?」
そのスピードにブレイブが驚く。だが、コースが大きくそれた。
「あっ……!」

ボールは立ち木に当たって跳ね返り、ヨーテリーを捉えた。光に変えて吸い込む。2人が息を呑んで見守るなか、ボールは少し揺れ、ロックがかかった。
「やったーー!!」
スズシロはそれを拾い、高く掲げた。その姿を見、ブレイブはため息をついた。
「やれやれ、これは手がかかりそうだぜ……」
その顔は、どこか嬉しそうでもあった。

ポケモン図鑑 見つけた数 5匹/捕まえた数 2匹  おこづかい 4000円  プレイ時間 2:03

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