P‐LOG ダイヤモンド編
#1 |
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暗闇に重々しい声が響く……ブンというわずかな音ともに小さなディスプレイに灯が入り、人の形に像を結んだ。
「私の名前はナナカマド!みんなからはポケモン博士と呼ばれておる」
ワイシャツにネクタイを締め、青いベストを着た白髪の老人 ―― 口ひげは頬ひげとつながり、眼光は鋭い。
「この世界にはポケットモンスター、縮めて『ポケモン』と呼ばれる不思議な生き物がいたるところに住んでいる!ここにモンスターボールがある!ちょっと、ボールの真ん中のボタンを押してみてくれい!」
画面に上半分が赤、下半分が白いボールのイメージが表示された。それを指で触れると白く光り、黒っぽいずんぐりとした体型のポケモンが現れた。
「我々人間はポケモンと仲良く暮らしている。一緒に遊んだり、力を合わせて仕事をしたり、そしてポケモン同士を戦わせ、絆を深めていったり……で、私はそんなポケモンたちのことを詳しく知るために研究しているのだ!」
「さて、そろそろ君のことを教えてもらおう!君は男の子か?それとも女の子かな?」
「女だ」
彼女はひとこと、力ない声でつぶやくように答えた。
「君の名前は?」
「名前?あたしの名前は……」
「あたしは……誰だ?」
「右手を見て」
どこからともなく声がした。少女の声だ。彼女はまわりを見回したが、人の気配は感じられなかった。何よりも不思議だったのは、その声が耳から入ったというより、直接頭の中に響くように感じられたことだ。
熱を感じて右手首を見ると、そこには見覚えのないバングルが青白く、ぼうっと光っていた。表面には文字が刻まれている。
「 C 」……アルファベットのC、ただ1文字だ。
「……名前は、シィ…だ」
「ふむう……シィというのか!いい名前だ!」
意識が遠のいていく……博士の言葉はもはや彼女には届かなかった。
「シィ!!これから君だけの物語が始まる!そこで君は様々なポケモンや多くの人に出会い、何かを見つけるだろう!さあ、ポケットモンスターの世界へ!」
ディスプレイの灯が消え、あたりは再び闇に包まれた。
「結局のところ捜索隊の努力も空しく、珍しい色違いのポケモン・赤いギャラドスの姿は、ひとめ目撃することさえできなかったのでありました……」
テレビのスピーカーからは緊迫感あふれるBGMが流れている。彼女は床に倒れていた。
「というわけで、特別番組『赤いギャラドスを追え!』 全国ネットでテレビコトブキがお送りしました。また来週、このチャンネルでお会いしましょう!」
体を起こし、立ち上がってあたりを見回す。観葉植物、机と椅子、パソコン、ゲーム機、ベッドがある。
彼女は鏡に映る自分の姿を見た。
薄い翠の瞳、雪のように白い肌、腰まであるストレートなブロンド、まだ幼さの残る顔立ちはローティーンに見える。
黒いハイネックのカットソー、ベスト、スパッツ、チャコールグレーのミニスカート、ロングブーツという全身を覆うダークなモノトーンの中で、長く垂らしたマフラーの青だけが彩りを添えている。
右手首に目をやる。バングルは光を失っていた。色は鈍い灰色で、金属ともセラミックともつかない不思議な質感をしている。
渾身の力でそれを引っ張ってみたが、拳が通らず、抜き取ることはできなかった。ふらふらと壁に寄りかかり、しゃがみこむと膝を抱えた。
彼女には、それが罪人につけられる手かせのように思えた。
ふと、下へと続く階段が目に入った。何気なくそれを降りると、エプロン姿の黒髪の女が歩み寄ってきた。
「シィ!さっき、ジュンくんがあなたを呼びに来たわよ」
……「母親」なのだろうか、彼女は女が自分のことを「シィ」と呼んだことに驚いた。バングルの文字は本当に自分の名前だったのか?それを見るように言ったあの声は……答えの出ないまま、適当に口を合わせた。
「……そう」
それが精一杯だった。女は続けた。
「なんだかわからないけど、大急ぎなんだって!ジュンくん、なんだろね、あの子せっかちでしょ。話を聞く前に行っちゃったの」
話半分にふらりと出て行こうとする彼女を、女が呼び止めた。
「そうだ!シィ!草むらに入っちゃダメよ!野生のポケモンが飛び出すからね。自分のポケモンを持っていれば大丈夫なんだけど……行ってらっしゃい、シィ!ケガしないでね」
ゆっくりとドアを開けた。日の光がまぶしい。目に突き刺さるようだ。
「ここはフタバタウン 若葉が息吹く場所」
案内板にはそうあった。その地図によれば、町は三方を森と水辺に囲まれ、残りの一方が大きな道路に通じている。彼女は町の出口へと足を向けたが、あと少しというところで少年が邪魔をした。
「おお!シィじゃないか。ジュンが探してたぞ。あいつの家まで迎えに行ったらどうだ?」
場所がわかるはずもない。彼女は仕方なく家々を回り、やがて一軒の家の表札に「ジュン」の名前を見つけた。
突然、壊れそうな勢いでドアが開き、彼女は突き飛ばされた。
「あっ!!」
「なんだってんだよー!」
大声を上げた少年は、地面に座り込む彼女に気づいた。
「って、シィか!」
黒のジーンズ、赤と白のボーダーシャツ、茶色の髪は両サイドが跳ね上がり、首には黄緑色のマフラーを巻いている。彼は謝るそぶりすら見せない。腰に手を当て、上半身をかがめて言った。
「おい!湖に行くからさ、早く来いよな!いいか、シィ!おくれたら罰金100万円な!」
彼は走り出したかと思うとすぐに方向転換し、声を上げて家の中へと逆戻りした。
「忘れ物!」
彼女は立ち上がって汚れを払い、家の中に入った。女が声をかける。
「あ、シィちゃん。ジュンを呼びに来たの?あの子ったら今出て行ったのに、すぐ戻って来ちゃったわ。ほんとにじっとしてないの。誰に似たのかしら?」
あの少年がジュンだ。あたりを見回し、彼がいないことがいないことがわかると、2階への階段を昇った。
「……バッグと冒険ノートも持っていくか」
ジュンはメッセンジャーバッグに荷物を詰め込むと、それを肩から斜めに掛けた。
「おっ!シィ!湖に行くぞ!道路で待ってるから、おくれたら罰金1000万円な!」
さっきよりも桁が増えている。彼は彼女を押しのけ、転がり落ちるように階段を降りていった。
彼女はただ、そこから逃げ出したかった。
お小遣い3000円 プレイ時間0:23
#2 |
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「なあなあ、さっきのテレビ見ただろ?『赤いギャラドスを追え!湖に現れた怒りのポケモンの謎!!』 オレさ、思ったんだよ。あの湖にもあんなポケモンいるはずだ!って。だからさ、オレとおまえでそいつを見つけに行くんだよ!」
彼は道の先を指差した。彼女にはそれに逆らう気力もなかった。
「よし!出発だぜ!急ぐぞ!」
「ポケモンがいたら、なんとかして捕まえてポケモントレーナーになるぜ!知ってるだろ?ポケモントレーナー。ポケモン同士戦わせてさ!」
「ポケモンっていろんな技を持ってるんだよ!ポケモントレーナーはポケモンにどの技を使うか、命令して戦わせるだろ?かっこいいよな」
「オレも早くポケモンが欲しいぜ。そうすりゃ、ポケモンといっしょにいろんなところに行けるのにな」
「あの湖にはきっと幻のポケモンがいる。みんな、なんにもいないって言ってるけど、オレにはわかるのさ」
「絶対オレ、ポケモントレーナーになるからな!しかも最高に強いポケモントレーナーだぜ!だって、それがオレの夢だからな」
聞きもしないのに、ジュンは一方的に喋り続けた。その声は彼女にはノイズにしか聞こえない。
「いつまでもさ、しゃべってないで湖に行こうぜ。オレ、もうウズウズしてがまんできねーよ!!」
案内板が立っている。
「この先、シンジ湖 気持ちを表す湖」
「よし!湖!赤いギャラドス見つけるぜ!」
森を抜けると、目の前に美しい湖が広がった。風はほとんどなく、湖面にはさざ波が立っている。
「なんだ……?」
ジュンがつぶやいた。ほんの7、8m先の草むらで、老人と少年が湖を見ながら話をしている。老人は白髪にひげ、青いベストと茶のパンツ、少年のほうは縮れた黒髪に赤いベレーとマフラー、黒いベストとネイビーのカーゴパンツという格好だ。
「博士!向こうも変わったことは何もないみたいですよ!」
「ウムウ……そうか、気のせいかもな。どうも昔とは何か違うようだが……まあ、この湖が見れただけでも良しとしよう!コウキ!では、戻るとするか」
「それよりも、4年ぶりのシンオウ地方はどんな感じですか?」
「……ウム、そうだな、シンオウ地方には珍しいポケモンが多い。研究のしがいがあるだろうな」
話を終えた老人と少年は2人のほうへ歩いてきた。
「失礼!通らせてもらうよ」
「ちょっとごめんね」
狭い通路をふさぐ形になっていた2人は道を譲った。老人は威圧感を漂わせ、目の前を通り過ぎていった。
「なんだ?今の2人……あれ?シィ!ちょっと見に行こうぜ!」
彼女はジュンの呼びかけを無視し、老人の後ろ姿を目で追っていた。
あれはナナカマド博士だ。
「なんだよ?草むらに入るなってか?平気!平気ッ!ちょっとなら、ポケモンだって出て来ないって」
ジュンは彼女の腕をつかみ、草むらへと強引に引っぱっていった。そこには大きな皮製のトランクが置き去りになっていた。
「カバン…だ……さっきの人の忘れ物だな。どうすりゃいいんだ?届けようにも、今のだれだ?博士って言ってたけど……」
まわりの木々がガサガサと鳴った。風のせいではない、何かがいる。2人は息をのんだ……
それは甲高い鳴き声を上げ、2人に襲いかかってきた。ジュンが叫ぶ。
「わわッ!ポッ、ポケモン!?なんだってんだよー!」
立ち尽くす彼女の目に飛び込んできたのは、灰色をした小型の鳥ポケモンだ。知らず知らず彼らの縄張りを侵してしまっていたのだろうか、2羽の鳥ポケモンは急降下と急上昇を繰り返し、2人のそばをかすめ飛んでゆく。小型のポケモンとはいえ、攻撃をまともにくらえば、無事では済まないことは容易に想像できた。
1羽が彼女の顔をかすめた。頬を血が伝う。ジュンはトランクを盾にしたが、体当たりをくらい、転倒してしまった。
落とした衝撃で金具が外れ、トランクが開いた。中には本や衣類などとともに、3個のモンスターボールが入っている。
彼女の中で何かが弾けた。先程までの抜け殻のような虚ろさは消え、その瞳には強い意志が感じられる。
素早く身を翻してモンスターボールを掴み、スイッチを押し込む。ボールが開くと光が溢れ、ポケモンの形を取った。
全身を覆う細やかな羽毛はツートーンの青色、目の周りは白く、くちばしと足は黄色い。つぶらな瞳が愛らしい、小柄なペンギンポケモンだ。
「ポッチャマ!排除しろ、はたく攻撃!!」
「ポッチャ!」
ポッチャマは悠然と構えると、突っ込んできた鳥ポケモンを軽くいなし、小さな翼で強く打ち伏せた。地面に叩きつけられた鳥ポケモンは、よろめきながら逃げ去っていった。それを見届けた彼女はもう一度ボールのスイッチを押した。赤いビームが伸び、それに触れたポッチャマは、光となって再びボールに吸い込まれた。
「ふわー!お前のポッチャマ、すごかったな!だけど、オレのナエトルのほうが、もっともっと強かったけどな!……って、オレもおまえも人のポケモン使っちゃったけど、だいじょうぶだよな……?」
「良かった!カバンあった!博士に怒られるところだった!」
赤いベレーの少年が息を切らして戻ってきた。2人の手に握られたモンスターボールと、辺りに飛び散った鳥の羽根に気づいた彼は、目を丸くした。
「えっ!えっ?もしかして君たち、ポケモン使った!?」
2人とも黙ってうなずいた。少年の顔から血の気が引いていく。
「うわ……博士にどう説明しよう…………このカバンは博士のだから、持っていくからね」
少年はトランクをしっかりと閉めると両手で抱え、あわてて駆けていった。
「なんだあいつ……シィ!とりあえず、ここから出ようか……さっきのでオレのポケモン傷ついちゃったし……またポケモンおそってきたら、ちょっとやばいんだよな……」
「……フッ、あの程度の相手がか?」
ジュンは彼女の言葉がよく聞き取れなかったのか、いぶかしそうな顔をした。
彼女は手で顔を拭った。奇妙なことに、頬の傷は跡形なく消えていた。2人はもと来た道を戻っていった。
2つの目がそれを見ていた。彼女はその存在に、まだ気づいてはいなかった。
日はすっかり傾いている。
「おまえ先に行けよ……ポケモン返しにいくのは当然だってわかるけど、もうちょっとこいつといっしょにいたいっていうか……」
「さっきって、人のポケモン使っても仕方ないよな。でも、人のポケモンだよな……やっぱ、返せって言われるよな。初めていっしょに戦ったポケモンなんだけどな……」
「オレさ、こいつといっしょに強くなりたいよ」
気分が落ち込んでいようが、ジュンの口数の多さに変わりはない。
「しゃべってないで、とりあえず進もうぜ……なんか湖に行くときより、歩くのおそくなってないか?」
行く先には博士と少年が立っていた。博士は2人に気づき、視線を向けた。
「あっ、さっきの人だ!オレたちのこと、にらんでいないか?」
彼は鋭い目つきで2人に歩み寄った。その迫力にジュンは体を縮み上がらせた。彼女は動じる気配も見せない。
「………………………………コウキから聞いたが、ポケモンを使ったそうだな?見せたまえ」
2人がポケモンを出すと、彼は片膝をつき、それぞれのポケモンをじっと見た。
「ふむう……ポッチャマにナエトルか」
ナエトルは緑色をした亀のようなポケモンで、茶色の甲羅を持ち、頭からは2枚の葉っぱが生えている。
「………………………………ふむう……そうか、そういうことか。コウキ!!研究所に戻るぞ!」
「は、はい!博士、わかりました」
少年は2人のほうを振り返ると、笑顔で言った。
「後で研究所に来たほうがいいかもね……?じゃ、じゃあまた!」
博士は一人で先に行ってしまった。少年も走って後を追う。
「なんだ今の……怒るなら怒ればいいのに……それに、ポケモン返さなくてよかったのか?…………シィ……オレたちも帰ろうぜ……」
夕食後、彼女は湖での出来事を手短に話した。わざわざ説明するのも面倒だったが、母親があまりにしつこく聞いてくるので、話さないわけにはいかなかったのだ。
「そんなことがあったんだ。でも、あなたもジュンくんも無事でよかった。その博士っていう人、きっとマサゴタウンのナナカマド博士ね。なんでも、ポケモンの研究で有名な博士って聞いたわ。あと、怖いって噂も……」
「シィ、どうしてポケモンを使ったのか、きちんと説明をするためにマサゴに行くべきね」
「……ああ」
「大丈夫!きっとわかってもらえるわよ」
旅立ちの時は近い。
お小遣い3000円 プレイ時間0:49
#3 |
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わかったことが一つあった。自分はポケモンの扱いに慣れているということ……初めてのはずの戦いで自分はこのポッチャマを使い、野性ポケモンを倒すことができた。とっさにその名前や使える技が口をついて出たのは、以前に同じポケモンを使っていたことがあったからだろうか?
ポケモントレーナーとして旅をすれば、戦いの中から失った記憶を見つけ出せるに違いない。
「ポチャ?」
彼女はポッチャマをボールに戻した。今わかるのはそこまでだ。
母親からプレゼントされた加速機能つきのブーツを履く。外見は今までとさほど変わらない。まだ軽いボストンバッグを持ち、彼女は部屋を出た。
T字路を昨日とは逆方向に進む。まだ手持ちのポケモンが1匹しかいない以上、無駄な戦いで消耗することは避けねばならない。幸い野性ポケモンに遭遇することもなく、201番道路の草むらを抜け、しばらくすると町が見えてきた。
「ここはマサゴタウン 海につながる砂の町」
町の入り口のベンチには、博士が「コウキ」と呼んでいた赤いベレーの少年が座っていた。
「あっ!待ってたよ!こっちに来て!博士が待ってる」
彼は彼女をすぐ近くの二棟続きの立派な建物に案内した。
「ほら!ここがポケモン研究所!中で……」
突然ドアが開いた。中から必死の形相で飛び出してきたジュンは、彼女の目の前で倒れた。突きをみぞおちにくらったのだ。
「なんだってんだよー!」
「昨日のお返しだ」
「って、シィか!あのじいさん……怖いというか、むちゃくちゃだぜ。まぁ、いいや……シィ、オレ行くよ!じゃあな!」
彼は脱兎のごとく走り去っていった。
「何だ!?君の友達って、すっごいせっかちなんだね。まあいいや、中に入ろうよ」
広々とした室内には、様々な機械や研究用の資料が整然と並んでいる。博士は腕組みをし、待ちかねた様子だった。
「………………………………やっと来たか。シィだね?もう一度ポケモンを見せたまえ」
彼女はポッチャマをボールから出した。体調も良さそうだ。
「………………………………ふむう……なるほど……このポケモン、何だか嬉しそうにしておる。ウム、わかった!そのポッチャマは君にプレゼントしよう。せっかくだ、ニックネームをつけるかね?」
「ニックネーム」だと……自分の名前すらわからないというのにか。
「……いい」
「湖でのことはさっきジュンから聞いた。初めてなのにうまくポケモンと戦えたと。それに私が見たところ、君とポケモンとの間にわずかながらも絆を感じる。だから、そのポッチャマを君に任せようと思うのだ」
「君がポケモンに優しい人でよかったよ!そうでなかったら……ああ、考えるのはやめよう」
博士はコウキの肩に手を置き、彼を黙らせた。
「ウォッホン!さて、本題だ。君に頼みたいことがある。私の名前はナナカマド!ポケモンの研究をしている。まず、シンオウ地方にはどんなポケモンがいるのか、その全てを知っておきたい!そのためにはポケモン図鑑に記録していく必要がある!そこでお願いだ!」
博士は机の上の機械を手に取り、彼女の前に差し出した。色は赤、円と長方形を組み合わせた形をしていて、大きさは手のひらに乗るほどだ。
「このポケモン図鑑を託すから、君はシンオウ地方にいる全てのポケモンを見てくれい!」
「……嫌だといったら?」
もともと鋭かった博士の眼差しが、更に鋭さを増した。殺気を放っているといってもいい。
「………………………………………………………………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………このまま何時間でも黙っていていいのだがな、私は」
博士は語気を強める。
「さて、もう一度聞こう、シィ!このポケモン図鑑を託すから、君はシンオウ地方にいる全てのポケモンを見てくれい!」
彼女は博士を睨み返した。その目に博士が一瞬ひるむ。何か、得体の知れない恐怖を覚えたのだ。
彼女は無言で、博士の手から図鑑を奪い取った。
「うむ!いい返事だ!」
「……フン!」
「そのポケモン図鑑は、君が出会ったポケモンを自動的に記録していくハイテクな道具だ!だから、シィはいろんなところに行って、全てのポケモンに出会ってくれ!」
「僕も同じポケモン図鑑、持ってるんだ!」
博士の上から物を言う態度は気にくわなかったが、図鑑は役に立つだろう……そう合理的に判断しただけだった。
「ポケモンと一緒に201番道路を歩いたとき、どんな気持ちだった?私は生まれて60年、未だにポケモンと一緒にいるだけでドキドキする。いいか?世界にはとてもたくさんのポケモンがいる!つまり、それだけたくさんのドキドキが待っている!さあ、行きたまえ!今、シィの冒険が始まるのだ!」
「僕も博士に頼まれて図鑑のページ埋めてるんだ!だから、君とは同じ目的の仲間ってことだね」
「仲間…?」
「あとでいろいろ教えてあげるよ」
そう言うと、コウキはひと足先に出て行った。
もう、ここに用はない。博士やその助手をしているコウキの父親に見送られ、彼女は研究所を後にした。
外で待っていたコウキは彼女に、ポケモントレーナーにとって重要な2つの施設を案内した。ポケモンの回復を無料で行う、赤い屋根のポケモンセンター、そして、様々な道具を扱う、青い屋根のフレンドリィショップだ。
「そうだ!シィ、ナナカマド博士のお手伝いでポケモン図鑑を作ること、家の人に言っておいたら?遠くに行くこともあるから、言っておいたほうがいいと思うよ。あっ、その前にポケモンセンターでポケモンを元気にしてあげると、安心できていいかもね!」
「……ああ」
「じゃ、また今度ね!」
帰りは草むらを避け、段差を飛び降りていった。走ればフタバタウンまではあっという間だ。
「そう、ナナカマド博士からそんなすごいことを頼まれたの。よーし!がんばれー。ママ、応援しちゃうから!そうだ!シィ、いいものあるから持っていきなさい」
彼女は母親から冒険ノートをもらった。旅の記録をつけるための、まだ白紙のノートだ。
「いーなー、冒険の旅。しかもひとりじゃなくて、ポケモンといっしょでしょ?ママが行きたいぐらい」
「……」
「なんてね!うん!シィ、ママは大丈夫だから、思いっきり旅を楽しんで!あなたがいろんなことに出会って、いろいろ感じることが、ママのハッピーになるんだから!」
「……でも、ときどきは帰ってきてよ。あなたがどんなポケモン捕まえたか、ママも知りたいし」
ちらりと母親の顔を見る。記憶が戻れば、もう二度と会うことはないかもしれない……そう考えると寂しくなった。
だが、行かなければならない。
チャイムが鳴った。ドアを開けると、そこにはジュンの母親が立っていた。紙の包みを胸の前に抱えている。
「すみませーん、こちらにジュン来てます?」
「えっ?来てないけど……」
「そうですかぁ。じゃあ、もう行っちゃったんだ。困ったなあ……あの子、冒険するから!って、それだけ言って飛び出しちゃって。向こう見ずで無鉄砲だから、これだけは渡しておきたかったのに」
「大丈夫、シィが届けてくれるわ。ね!シィ」
「あ、ああ」
「そお?じゃあ、お願いしちゃっていい?シィちゃん、これジュンに届けてね」
それを預かり、バッグにしまった。
「そうねえ……多分、まっすぐコトブキシティに向かってると思うけど……じゃあ、ジュンのこと、よろしくねぇ」
ジュンの母親は帰っていった。親は皆、子供のことが心配なのだ。
「シィ、行ってらっしゃい!冒険の旅、楽しんできて!」
「うん……行ってくる」
彼女はぎこちなく笑ってみせた。失われた記憶を探し求める彼女の旅が、今始まった。
お小遣い3000円 ポケモン図鑑2匹(捕まえた数1匹) プレイ時間2:05
#4 |
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彼女の現在の手持ちはポッチャマLv.5、1匹のみだ。ポケモンを揃えるべく、まずはフレンドリィショップでモンスターボールを10個買い込んだ。白1色のプレミアボールのオマケつきだ。さっそく201番道路の草むらへと向かう。
草むらを歩き回っていると、丸みのある薄茶色の体と鋭い前歯を持つポケモンが現れた。図鑑を開き、ポケモンに向けると、内蔵されたセンサーが対象の情報を読み取り、名前とレベルをディスプレイに表示した。名前はビッパ、Lv.3だ。
彼女はポッチャマを出した。はたく攻撃2回で、ビッパのHPのゲージが残り1割にまで減った。
……今だ!
モンスターボールをポケモンめがけて投げる。的確に目標を捉えたボールは口を開いて光となったビッパを吸い込み、再び口を閉じた。ボールはわずかに揺れたがすぐに止まり、ロックがかかる小さな音がした。
捕獲成功だ。図鑑の画面にはデータを記録したことを示すメッセージが流れた。彼女はボールを拾い上げ、満足げな笑みを浮かべた。
続けて、シンジ湖のほとりでも遭遇した鳥ポケモン、ムックルを捕獲した。しばらく歩いてみたが、この2種類以外を見つけることはできなかった。
「ポケモンの体力回復!『ポケモンセンター』」
受付カウンターで、ナースキャップをつけたライトブルーの服の女がにっこりと笑った。
「お疲れさまです!ポケモンセンターです。ここではポケモンの体力回復をします。あなたのポケモンを休ませてあげますか?」
「頼む」
「それでは、お預かりいたします!」
彼女が3個のモンスターボールを渡すと、女はそれをカウンターの奥にある回復装置のトレイに乗せてカバーを閉め、スイッチを入れた。ボールにエネルギーが流れ込み、光を放つ。回復にかかる時間はほんの10秒ほどだ。
「おまちどおさま!お預かりしたポケモンは、みんな元気になりましたよ!またのご利用をお待ちしてます!」
ホールの右隅には誰でも自由に使えるパソコンが設置されている。その接続先は、ポケモン預かりシステム、自分のパソコン、ナナカマド博士のパソコンの3つとなっている。
その脇にはシンオウ地方の地図がかかっている。ジュンの母親が言っていたコトブキシティへは、ここから202番道路を北へ進めばいい。預かった荷物をさっさと彼に渡してしまいたいところだ。
上下にエスカレーターが伸びている。2階は他の人との対戦や交換などが行えるポケモン通信クラブ、地下は調整中ということだった。
南の219番道路はごく短く、海で行き止まりになっている。砂浜に落ちていた毒消しを拾い、予定通り北へ向かう。
202番道路に入ってすぐ、赤いベレーが目に入った。コウキだ。
「シィって、ポケモンの捕まえ方のコツ、もうばっちりわかってるのかな?僕がポケモンの捕まえ方教えてあげるから、そこで見てて!」
草むらに分け入り、野性のビッパを見つけると、彼はモンスターボールから自分のポケモンを出した。ヒコザルLv.5、金茶色の毛並を持つ猿ポケモンだ。くりくりとした大きな目には朱の目張りが入り、尻尾には火を灯している。
捕獲は無事成功し、彼はそのボールを手に捕獲のコツを懇切丁寧に説明したが、その内容は彼女にとっては既知のことばかりだった。
「そうだ、シィにモンスターボールを5個あげるよ!」
「あ……ああ、もらっておく」
「ポケモンがたくさんいれば遠くまで行ける!そうすりゃ、もっとたくさんのポケモンに会えるからね!じゃーねー!!」
コウキは手を振り、さわやかに去っていった。
少々時間を取ってしまったが、ポケモンの捕獲を再開する。
名前はコリンク、四つ足で大きな丸い耳を持ち、前半身が青く、後半身は黒い。はたく攻撃で体力を程よく減らし、モンスターボールを投げる。ところが、吸い込まれたコリンクが抵抗してボールが壊れ、ようやく捕獲できたのは3個目のことだった。捕まえてみて初めて電気タイプだとわかったが、水タイプのポッチャマが苦手な電気技を持っていなかったのは幸いだった。
抵抗を封じるには、ポケモンの技で相手を眠りや麻痺といった状態異常にする必要がある。しかし、その技を使えるものがいないというのが現状だ。
日が落ち、心地よい虫の音が響き始めた。それを奏でているのはコロボーシたちだ。これも捕獲する。赤いコートをまとったような卵形の体は、虫ポケモンというよりも、森の小人といったほうがふさわしい。
これで手持ちのポケモンは5匹、十分な数だ。彼女は今夜の宿泊先となるポケモンセンターへと戻った。
翌朝、202番道路にやって来た彼女はポケモンたちをボールから出し、横一列に整列させた。ポッチャマ、ビッパ、ムックル、コリンク、コロボーシだ。
「これからお前たちを鍛える」
野性ポケモンと戦ってはポケモンセンターへ回復に戻る、そんな日が3日間続いた。
コトブキシティを目指し、森の中を通る202番道路を進む。
モンスターボールを握り締めたTシャツ・短パン姿の少年が、彼女に駆け寄ってきた。
「君もポケモントレーナー!僕もポケモントレーナー!目が合ったから、いざ勝負!」
彼はつばを後ろに被ったキャップに手をやって整え、振りかぶってボールを投げた。現れたポケモンはムックル、問答無用というわけだ。理不尽なようなだが、「売られた勝負は必ず買う」、それがこの世界のルールだ。
「お前の力を見せろ、コロトック!」
彼女は奇妙な姿をした赤いポケモンを繰り出した。それは鳴き声とも楽器ともつかない不思議な音を立てた。涙滴型の胴体に黒い羽が生え、頭部からは長短4本の触角が垂れ下がっている。長い腕はナイフのような形状で、脚は極端に短い。
コロボーシの進化形・コロトック ―― 虫ポケモンの進化は早い。わずかな時間でその姿を劇的に変化させていたのだった。
「連続斬り」
相手が苦手な飛行タイプだろうが関係ない。コロトックは腕の刃を振り上げ、ムックルに襲い掛かった。ムックルは鳴き声を使って相手の攻撃力を下げ、電光石火で反撃を試みたものの、連続斬りの三太刀目で勝負は決した。彼女の勝利だ。コロトックのダメージはないに等しい。
少年は急いで傷ついたムックルをボールに戻すと、勝負の賞金を放り投げ、半泣きで逃げていった。
相手が悪かった。レベルはムックルが5なのに対し、コロトックは13 ―― 勝負が一方的になってしまうのも無理はない。彼女のポケモンたちはビッパ、ムックル、コリンクがLv.12、ポッチャマがLv.15に達していた。
初めてとなるトレーナーとの戦いだったが、彼女には何の感慨もなかった。
次の町、コトブキシティはもうすぐだ。
お小遣い1080円 ポケモン図鑑6匹(捕まえた数6匹) プレイ時間30:39